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子供は可能性の塊。
習い事で才能を伸ばしてやりたい。特別な経験をさせてやりたい。と思うのが親心。
最近は習い事の選択肢も増えましたし、早期教育、自己肯定感を育むにはとか、非認知能力を伸ばすにはとか、情報が多すぎる。
世の中にはこんなすごい親御さんもいらっしゃいますが…。
ボーク重子 非認知能力伸ばす習い事との向き合い方 | 「頭がいい子」が育つ家庭で 親がしていること | 日経DUAL
この週末、私の両親が田舎から我が家へ来てくれました。
子供が寝た後に皆でお喋りして、いつしかタイトルの話題になりました。
(父と夫はお酒が入っており、特に父は熱く語っていた。笑)
さっそく結論:親の行きたい所に連れて行けばいい。
私は子供の頃、よく親の趣味に付き合わされていました。
家でクラシックを聞かされるとか、冬の夜に星を見に外へ呼び出されるとか、それならまだ子供の教育のためかなと思います。
でも、本当に親の都合だったなと思うのは、真言密教や空海(『弘法も筆の誤り』の弘法大師です)関連のお出かけ。
好きらしいんですよね。真言密教と空海が。(ちなみに最澄は嫌いらしい)
仏像とか曼荼羅とか、完全に大人の趣味。
美術鑑賞が趣味の両親なので、その一環だと思うのですが。
- 出かけると言われてついて行ったら、車で4時間かけて京都博物館の「空海と高野山展(みたいな名前の展覧会)」だった。
- 曼荼羅を見にどっかの山あいの村へ。
- 初詣は真言密宗のお寺。本堂の不動明王の石像に向かって真言を唱える母。
すごい連れ回されてました。
子供のころの私は、仏像も曼荼羅も真言も「何じゃそりゃー」で、理解できず。
でも何も言わずに付き合ってました。物心つく前からそんな感じだったので、それが普通でした。
(生後3ヶ月で彗星を見るために車で片道6時間?の道のりを連れて行かれた私です。)
大人になってから、分かるようになることもある。
月日は流れ、私が社会人になって数年が経った頃。
親の影響で絵画が好きで、美術展によく行くようになっていた私。
「あぁ、昔突然京都に連れて行かれて、仏像を見たなぁ」と思い出しました。
そして、当時は何を説明されても右から左へだったのに、この時は魅力的に見えて、「知りたい」「分かりたい」と思ったのです。
たぶんあの経験がなければ、いくら美術好きの私でも、仏像の魅力は分からなかったと思う。
でも自分で展覧会の予習をして、実際に見て、おもしろいことおもしろいこと。
教養とまではいかなくても、知っているということは、人生まで豊かになるんです。
大人になってやっと子供の頃の経験が活きたのでした。
すぐに経験が結び付かない時もある。一生結びつかないかもしれない。でも、それでいい。
そういうわけで、冒頭のあの結論になりました。
親が興味を持っていることを子供とやってみる。親自身が楽しむ姿勢を見せる。
特別なことをさせなきゃと気負わなくていいんだと思います。
普段の生活の中で、親が楽しんでいる姿を見せれば、それでいい。でないと継続できませんしね。
将来の仕事に結びつくようなこととの出会いにはならないかもしれない。
でも、それがプラスになったかならなかったかを決めるのは、将来の子供自身。
というか、そもそも子供のためではなくて、自分のためにやってることなので、子供の反応に手ごたえがなくても大きな問題じゃない。
「この子のためにこんなにしてあげたのに」なんて思うこともない。
でも少なくとも、子供は親の姿を見ているので、好奇心を持って動ける人にはなると思います。
親は子供に人生の全てを捧げてはいけません。親は自分の人生を生きていい。
それには自分の好きなものを大事にすることだと思います。
子育てのために自分の趣味を我慢したりもしなくていい。
(授乳期は大好きなスイーツやお酒をやめるとか…一時期離れることはあっても、また戻っていい。)
いつも子供に振り回されているんだから、たまには振り回してもいいのでは?笑
“子供の幸せが自分の幸せ”というだけではなく、“自分で自分を幸せにする”。それが子供も幸せにする。
子供と同居してる時期って、たった18年ちょっとですよ。対して、今や人生は100年時代です。
・・・
そんな私は、子供たちを毎月自分の声楽のレッスンに同行させたり(夫・先生の理解あり)、年一回くらいですがクラシックコンサートや美術館に一緒に行ったりしています。
今のところ手ごたえはないです。笑
お読みいただきありがとうございます。